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2004年夏の思い出 矢部優子記録的な猛暑が続いた今年の夏。台風も迷走気味ですね。 その台風十号に冷や冷やさせられながら、なんとか乗り切ったのが、 今年の山口公演でした。大阪を出発する朝は、和歌山上陸!歩く速度で 四国、中国地方に向かっているとの台風情報に、 ハラハラ、ドキドキしつつ、新幹線で逃げるように山口に向かいました。 下松市・秋芳町・油谷町と3ヶ所、二日間にわたる開催でしたが、台風は 幸運にも夜半に私を追い越し、日本海へ抜けていってくれました。 私が、ひそかに自分の日頃の行いの賜物だと思ったことはいうまでも ありません。きっと主催者の方々もそれぞれに自分の・・・・と思われて いたことでしょうね。 日本語の乱れが指摘されている昨今、万葉の時代から歌われ語り継が れてきた美しい日本語の歴史を、生演奏の音楽を奏でながら辿るこの公 演は、昨年に続き2回目です。 山口放送在職中から尊敬している磯野恭子先輩(現岩国市教育長、 元山口放送常務取締役)の発案と演出によるもので、主催は特定非営利 活動法人「子どもとともに山口県の文化を育てる会」です。 私はこの子どもとともに〜というところに強く魅かれました。 『“芸術・文化は教育の基礎”を原点に質の高い芸術や文化に接する 機会を創り、子どもとともに学び、心豊かな生活をする』 なんて素晴らしい活動でしょう! 「Arts are Basic」を掲げて活動されている会員の方々の熱意と姿勢に心 うたれます。そして、故郷山口の子どもたちの幸せを感じ、うれしくなります。 一部は朗読と音楽、二部は子どもたちの作文発表です。 今年も子どもたちの作文は素晴らしいものでした。 自らの夢や願いを声にする子どもたちの顔は、誇りにみちて輝いていました。 故郷の自然と、そこに暮らす大人たちは、子どもたちを優しく育んでいました。 7月12日、啓明小学校3年生の児童全員と楽しんだ詩の大合唱、そして山口 公演で出会った子どもたちの、気持ちを伝える素直な声。 2004年 夏の最高の贈り物でした ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある 矢部優子発表会の準備に没頭しているうちに、桜の季節を見送り、気がつけば 緑!緑!緑!の中に身をおいていました。我が家は狭い敷地の中に 建ちながら、竹林、神社の境内、他家の菜園に囲まれ、大変恵まれた 環境を提供していただいております。忙中はその風景にさえ目をむけぬ まま過してしまいましたが、発表会を無事終えた今、陽光を受けて柔ら かな濃淡を浮かび上がらせている木々の緑や、収穫を待つ夏野菜の 自然な色合いの美しさにねぎらいを受ける思いの毎日です。 そんな中、私は二つの素敵な集いに招かれて「ことば探検講座」「朗読 体験講座」をさせていただきました。 一つは、新しい知的活動を求める中高齢者のための団体「エルダー ホステル協会」主催の」『エルダーサロン』。 もう一つは、「なんか面白い事やろうや!」この指止まれ的発想の 『ゆうの会』です。 エルダーサロンでは、サムエル・ウルマンの詩「青春」そのものを生き ておられる、魅力的な人生の達人の皆さま方と出会わせていただき、 安きに流れがちな自らを大いに反省した事でした。 ゆうの会では明るく、闊達で、心優しく、自由な空気をたっぷり吸わせ ていただき、思わず見せてはならない優子の本質を覗かれたりもいたし ました。 あんなにお腹を抱えて笑ったのは何年振りのことでしょう! 気の遠くなるような地球の歴史の中で、たまたま同時代を生きる人々。 その中で、人は一生の内にいったい何人の人と出会えるのでしょうか? "会うは別れのはじめ"とか"さよならだけが人生さ"をつぶやきながら、 別れを繰り返したのは青春時代。林住期を迎えた今は、ひとつひとつの 出会いを大切に、心の綾を紡いでいきたいと深く感じた二つの出会いでした。 その後、数週間経って、溜まった疲れが出たのか体調を崩してしまいました。 大好きなアルコールにも手が伸びません。現在も本調子というわけではあり ませんがあれもこれも予定がびっしり!いつまでもぐったりしてはいられません。 「青春」を心で唱えながら、やる気を奮い立たせています。 ・・・・・・青春とは臆病さを退ける勇気、 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。 ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。・・・・・・・ 「〜花は咲けばいい〜」 新年のご挨拶のまま、書き換えもせず、ごめんなさい。 2月半ばからおよそ1ヶ月。 軽い鼻かぜをこじらせて、長い間本来の声が戻らず苦しんで いました。 5月28日の朗読「ことのは」の発表会を控えているため、気ばかり 焦ってしまって・・・・ きっと病原菌が住みつきやすい心と身体の環境を作ってしまったの かもしれませんね。『病は気から』と実感しました。 そんな訳で、せっかく始めたパソコンの勉強にも身が入らず、覚えて は忘れ覚えては忘れ。 最近になってようやく掲示板への書き込みとメールができるようになった というお恥ずかしい状態です。 朗読のシナリオも早くワードで出きるようになりたいものです。 先日、TVで森光子さんのドキュメンタリーを見ました。83才にしてなお 輝きを失わずしなやかに生き生きと芝居に打ち込む姿に背筋が伸びる 思いでした。 森さんが下積み時代に詠んだ川柳「あいつより うまいはずだが なぜう れぬ」まさに今の私の心境そのものです。 はずというところに、複雑な感情を練り込みながら気概だけは持ち続けたい と思っているこの頃です。 〜花は咲けばいい〜 超遅咲きであろうと、小さな、小さな花であろうとぽっと花咲く日を夢みて 勉強ですネ! |
![]() 明けましておめでとうございます。 新年早々に優子の部屋にお越しいただき有難うございます。 私のHPの扉には爽やかな緑の風と木漏れ日、水面には幾重にも 連なる水の輪が映し出されています。 美しい日本語の「ことのは」が、心の水面にハラリと落ちて、語る私と、 朗読を聴いてくださる方々との間に、静かな感動の波が連なっていく・・・・。 そんな願いが込められています。 私と朗読との出会い いつの頃だったでしょうか? それは国語の授業であてられた本読みの時間だったような気もするし、 それからずっと後、アナウンサーの仕事にひとくぎりつけて、ライフワークを 考え始めた頃だったような気もします。 いずれにしても歌手が歌をうたうように、私はいつの時代も文字を声にする ことで生きてきました。 そんな私にとって、朗読は初恋のようでもあり、ひょっとして片思いに終わって しまうかもしれない手ごわくも魅力的な存在なのです。 これまで朗読してきたさまざまな作品は、私を元気づけ、慰め、いましめ、 気づきの時を与えてくれました。 そして、何より、観客の皆さまとの共感のひとときはたとえようない喜びを伴って、 更なる朗読への夢をかきたててくれました。 生きる力、慈しみの心、平和への願い・・・・。 誰もが持つ心の原点を語る朗読家をめざし、夢はふくらむばかりです。 今年も皆さまに私の朗読を聴いていただける機会を心待ちしております。 いつでもお気軽にお声がけ下さい |
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